『本好きの下剋上 ~司書になるためには手段を選んでいられません~』(以下、『本好きの下剋上』)の下剋上が止まらない。それは作品の誕生から現在までの流れを見れば明らかだ。
香月美夜の『本好きの下剋上』は、まずネット小説として始まった。インターネットの小説投稿サイト「小説家になろう」で、2013年9月23日から連載が開始される。その後、人気を獲得し、2015年2月にネット小説を商業出版するTOブックスから刊行された。さらにコミカライズやドラマCDを経て、2019年にはテレビアニメが放送されたのである。誰もが無料で読める小説投稿サイトの一作品から、テレビアニメにまでなったのは、まさに下剋上であった。では、それほど読者の支持を受けたのは、どのような物語だったのだろう。
熱狂的な本好きである本須麗乃は、卒業間際の女子大生。大学図書館への就職も決まっていて、まずは満ち足りた生活をしている。ところが書庫で読書中に地震が起こり、落ちてきた本に潰されて死亡。気がついたら、見知らぬ世界のマインという5歳の幼女になっていた。家族は両親と姉に自分を加えた4人。父親は兵士をしているが、家はそれほど裕福ではない。環境も昔のヨーロッパ並であり、現代日本の基準からすると、信じられないくらい汚く不便だ。しかもマインは病弱である。
だが、なによりもマインが納得できなかったのは、この世界の本が高級品であり、庶民が気軽に読めるものではないこと。この事実に打ちのめされたのも束の間、マインは自ら本を作ることを決意する。
以後、粘土板や木簡を作るために奮闘するマインは、ひとりで文明の発展をなぞっているようだ。さらに筆記用具や紙も作ろうと悪戦苦闘する。猪突猛進なマインは、周囲を振り回すことも多いが、それも無理はない。現代日本から、わけもわからないままに昔のヨーロッパ風の異世界で生きることになった彼女が、自分の理想である本に囲まれた生活を取り戻そうとする。それは個人で世界そのものに立ち向かうことに他ならないのだ。最初はマインの言動が自分勝手だと思う人もいるだろうが、読み進めていくうちに、彼女の真っすぐな魅力に気づくはずだ。
もちろんネット小説の一大ジャンルである、異世界転生物の面白さも、たっぷり盛り込まれている。シャンプー、食べ物、アクセサリーなど、次々と開発しては生活環境をアップさせていく。また、自身の病弱な原因が、膨大な魔力に身体が耐え切れなくなる「身食い」だと判明。これが先の開発能力と併せて、マインの運命を大きく変えることになる。詳しく書く余地はないが、貧しい兵士の娘(第一部)から、神殿の巫女見習い(第二部)を経て、領主の養女(第三部)となり、領主候補生として魔術を学ぶ貴族院の生徒(第四部)となるのだ。名前もマインからローゼマインとなった。どんどん上がる地位と、強力な魔術を持つローゼマインの活躍が、楽しくてたまらない。
ただし本書は、異世界転生物によくある、単純な俺TUEEEになっていない。理由はふたつある。ひとつは、がっちりと構築された異世界だ。神殿や貴族が大きな力を持ち、魔術のある世界の姿が、ローゼマインの身分が上がるたびに、くっきりと見えてくる。社会のシステムは強固であり、階級社会の現実や問題が見えてくる。本に関することを除けば、善良な人間であるローゼマインは、その現実や問題と対峙し、少しずつ状況を変えていくのだ。主人公に都合のいい無双のない、地に足の着いたストーリーが読みごたえあり。
そしてもうひとつの理由は、主人公の目的がぶれないことだ。本に囲まれ、読み暮らしたいと願うローゼマイン。神殿や貴族院での目当ては図書館である。地位に応じた責任とは別に、とにかく本のために行動する。彼女の行動原理は、俺TUEEEからかけ離れているのだ。そのぶれない姿勢が、ローゼマインの魅力になり、ひいては本書の独自の味わいになっている。いささか個人的な話になるが、私も大の本好きであり、書庫兼用の自宅を建てたような人間である。だからローゼマインの言動には共感せずにはいられない。これは、本好きの本好きによる本好きのための異世界ファンタジーなのだ。
なお、この原稿を書いている2020年2月現在、書籍版は第四部が完結したところまで刊行されている。3月20日から第五部の刊行が始まるそうだ。また、テレビアニメの第二部も、4月から始まる予定である。この物語の世界は、どこまで広がるのか。ローゼマインと作者の下剋上は、まだまだ終わらないのである。
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February 26, 2020 at 10:17AM
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『本好きの下克上』マインは個人で世界そのものに立ち向かうーー異世界ファンタジーとしての魅力を考察(リアルサウンド) - Yahoo!ニュース
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