『清喜ひとしな』オーナーの水田正大さん
福岡市の天神から地下鉄で10分ほどの場所にある六本松。ここ数年の再開発により街の雰囲気がガラリと変わり、飲食店などの新規出店も目立ってきた人気エリアだ。
そんな六本松に2019年12月、新たな注目店が誕生した。それが『清喜ひとしな』。店名のとおり、一つの定食メニューのみで勝負する店だ。しかも価格は2,100円(税別)と定食にしてはなかなかのお値段。
ところが、店がオープンすればあっという間に満席になり、行列ができることもしばしば。強気の価格設定でありながらも、多くの人をひき付ける『清喜ひとしな』の魅力を探るべく、オーナーの水田正大さんに話を伺った。
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いま人々が求める本当の贅沢とは「丁寧である」こと
「本当の贅沢とは何か? 改めて考えてたどり着いたのが、一品(ひとしな)のみで勝負する営業スタイルでした」。そう語るのは『清喜ひとしな』のオーナー水田正大さん。
その勝負の一品とは「赤身肉ヒレステーキと土鍋ご飯定食」。メインは、溶岩プレートでしっとりと焼き上げたニュージーランド産の牧草牛を出汁で味わうステーキ。そして無農薬米を使用した炊き立てごはん、提供する直前に仕上げる味噌汁、自家製のぬか漬け、黄身醤油漬けが付いて2,100円となる。どれも手間ひまをかけて、丁寧に作り上げられた品ばかりだ。
唯一のメニューである「赤身肉ヒレステーキと土鍋ご飯定食」
「食材の質などを考えると、むしろコスパは良い方だと思います。とはいえ定食で2,000円を超えるとなると、来店される方はある程度限られてしまうだろうと覚悟していたんです」
ところが水田さんの予想に反し、平日も11時半を過ぎるころにはほとんどの席が埋まる。また、当初は食に関心の高い上の世代を客層に見込んでいたが、インスタグラムによる宣伝効果なのか、実際には20代の客も少なくない。
「時代が変わり、今は“贅沢”の内容が変わってきているように感じます。“丁寧な暮らし”というコンセプトが流行っているのも、そうした傾向からだと思うんです」
かつては、ラグジュアリーな空間で味わう、文字どおりお金をかけた高級な料理こそが“贅沢”とされていた。しかし今は、素朴でも本当に良いものを使い、ゆっくり時間をかけて丁寧に作られた料理を“贅沢”とする価値観が広がりつつある。
「例えば、姉妹店のステーキ店『清喜』では、木下牧場の木下牛(近江牛)を使ったステーキを提供しています。以前、牧場主の方をお呼びして、木下牛にまつわるエピソードをお話しいただきながら食事を楽しんでもらう会を開いたのですが、やっぱり“木下さんの話を聞きながら食べる木下牛”が一番美味しい。野菜もしかりで、“畑で食べる収穫したばかりのアスパラ”が何より美味しく、調理技術だけではそういった付加価値を超えられないと思うんです。だからこそうちでは食材のポテンシャルを活かし、シンプルに美味しく食べてもらう工夫を重ねています」
しっかり作り込みながらも、余計なことはしない。『清喜ひとしな』唯一のメニューには、そんな潔い姿勢も貫かれているよう。素材本来の味が最大限に引き出された一皿は、確かに“贅沢”だ。
ゆったりくつろげる店内
手間暇かけた白飯が「日常の中の非日常」を演出
外食産業が進化し、さまざまな食べ物を口にする機会は増えたものの、一口食べて誰もがそのクオリティを実感できる食材となると、その数は案外少ない。
「例えばコーヒーは、豆の種類や産地、焙煎具合で味が違ってきますが、何も考えずに一口飲んでその違いが分かる日本人はほとんどいないと思います。そこで改めて、私たちが素材の良さを敏感に感じられる食材は何だろうと考えた結果、たどり着いたのがお米だったんです」
手ごろなものから高級なものまで価格帯も幅広く、種類も多い米だが、日本人の主食という点で品質の違いも感じてもらいやすいのではないだろうか。そう考えた水田さんが選んだのは、玄米の状態で仕入れる福岡県久留米産の無農薬米。その日使う分だけを毎朝精米し、炊き立てを提供する。そのため、営業時間中の厨房には土鍋がずらり。ごはんはお替わり自由とあって、女性でもほとんどの方が2杯以上を平らげていくという。
「忙しい暮らしの中では、炊き立てのごはんや出汁からとった味噌汁を毎日用意するなんて、家庭でもなかなかできることじゃない。“日常、だけれども非日常”。そんな食事を提供する定食屋なんです」
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