『店長がバカすぎて』(角川春樹事務所)。なんともストレートなタイトルだが、「本屋大賞2020」にノミネートされ、全国の書店員さんから熱い支持を受けている。2019年7月の発行だが、2020年2月で11刷と増刷を重ねている。売れているのは、本書の舞台が書店ということも手伝って懸命にセールスしているせいかもしれない。
書店員の熱意で本は売れる
本を買うのはお客。店員が売りたいと思った本が売れる訳でもないだろう、と思うかもしれない。しかし、そうではない。書店員はベストセラーを作ることだって出来るのだ。そのあれこれが、詳しく書かれているので、現場のこんな声が帯に紹介されている。
「早見さん、もしかして隠してます? 書店員でした? リアルすぎます」 「書店業界だけで盛り上がるんじゃなくていろんな人に読んでもらいたい」
店長に反発する契約社員
物語の主人公、谷原京子は武蔵野書店吉祥寺本店に勤める契約社員。小説など文芸が担当だ。店長の山本猛の無駄に長い朝礼や自己啓発本への傾倒、書店の店長なのにあまり本を読まない態度に対して反発を覚えている。でも他の人に店長の悪口を言われると守ってあげたくなるという微妙な関係だ。
失敗続きの毎日。憧れていた女性の先輩が急に辞めると言い出し、自分も辞めたくなった京子。
「書店員としての自分の限界も感じていた。自分がいいと思って、一生懸命仕掛ける本はなかなか売れない反面、ベストセラーは置いておくだけで捌けていく」
そんな日常に嫌気がさしていた。店長に飲みに誘われ、「辞めたい」と告げると、店長は思いもよらないことを言い出した。覆面のベストセラー作家、大西賢也のサイン会をやろうと言うのだ。実現しそうにない提案を聞きながら、「いまこの人を一人にできないというかつてない不思議な思い」が芽生えた京子だった。ここまでが「第一話 店長がバカすぎて」。
いつも辞表をカバンに
このあと、「第二話 小説家がバカすぎて」、「第三話 弊社の社長がバカすぎて」、「営業がバカすぎて」、「第五話 神様がバカすぎて」、「最終話 結局、私がバカすぎて」と、京子の仕事の成功と失敗を軸に話が展開していく。どちらかと言うと失敗が多いので、「始末書」代わりに書いた「辞表」をいつもカバンの中に入れている京子だ。
本棚は書店の「顔」
書店の本棚はどこも同じように見えて、実はかなり異なる。取次会社からの配本はあるが、書店の担当者が「売りたい」「売れるだろう」という本の注文を出す。しかし、欲しい本が手に入る訳ではない。いくら注文しても「在庫がない」と冷淡な出版社もある。本棚は彼らが作り上げた書店の「顔」でもあり「衣装」でもあるのだ。
また、書店と出版社の関係は複雑だ。本は買取り制ではなく、返品できる商品である。時に書店に圧力をかける版元もあるようだ。雑誌の買取りを書店員に押し付けてくる話が出てくる。時給998円の契約社員の京子のボーナスは29900円。その中から雑誌への支払い28000円を差し引くと1900円しか残らない。しだいに京子は疲弊していく。
覆面作家は姿を現すか?
そんなときに、思わぬ話が舞い込む。大西賢也の新作のゲラを読み、帯用の推薦文を京子に書いてほしい、と指名があったのだ。どうして京子に? そして、サイン会は実現するのか?
書店員の成長の物語ということになるが、出版業界、書店業界の「あるある」が登場するので、本に関心のある人には興味深い内容だ。また、「上司がバカすぎて」と会社を辞めようと思っている人には心のビタミン剤になるかもしれない。
「自分の人生に真剣に向き合うことが出来る本だと思う。なんでこう、本気で辞めようと思うときにこういう本が出てくるのだろう...また辞め損なった! 早見和真氏恐るべし」(丸善岡山シンフォニービル店 山本千紘さん)
著者の早見和真(はやみ かずまさ)さんは、1977年神奈川県生まれ。2008年『ひゃくはち』でデビュー。15年『イノセント・デイズ』が第68回日本推理作家協会賞(長編および連作短編集部門)を受賞。テレビドラマ化もされた。
なんと本書の作中作品、大西賢也の最新作『店長がバカ過ぎる』は、「本屋さん大賞」にノミネートされる。そちらの結果も気になるところだ。
「本屋大賞2020」の発表は来週4月7日。
BOOKウォッチでは、書店の関連本として、『まちの本屋』(ポプラ文庫)、『本屋の新井』(講談社)、『出会い系サイトで70人と実際に会ってその人に合いそうな本をすすめまくった1年間のこと』(河出書房新社)などを紹介している。また、「本屋大賞2020」の候補作、川越宗一さんの『熱源』(文藝春秋)、横山秀夫さんの『ノースライト』(新潮社)なども紹介済みだ。
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April 04, 2020 at 06:23AM
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