米国のサードウェーブコーヒーの代表格「ブルーボトルコーヒー」の日本1号店が東京・清澄白河にオープンしたのは2015年のこと。以来、この地域にはコーヒー専門店や焙煎(ばいせん)所が次々と増え、“コーヒーの聖地”へと変わっていった。
2019年11月にオープンした「Books & Cafe ドレッドノート」も、バリスタが淹(い)れる香り高いコーヒーを味わえる店。だが、英国海軍の戦艦にちなんだ店名や、店内の本の品揃(ぞろ)えは、他のコーヒー専門店とは一線を画す個性を放っている。本棚を埋め尽くす約1000冊の書籍は、戦史や軍事史など戦争関連のものや、UFO、未知の生物といった超常現象、SF関係、死後の世界、臨死体験にまつわるものなど、かなりの“偏り” があるのだ。
偏りといっても決して悪い意味ではない。むしろ、店主の鈴木宏典さん(51)のニッチな趣味への愛が全開で、こうしたジャンルが好きな人にとってはたまらないのはもちろん、知識がなくても本好きであれば「こんな本見たことない!」と食いついてしまいそうなものばかりだ。
「新刊も仕入れていますが、大半は私の蔵書。家にはもっとあって、ここにあるのは1/4くらい。ほとんどは販売していますが、はじめは売ることに葛藤がありました。でも、溜(た)め込んでいてもしょうがないですからね」
そう話す鈴木さんは、OA機器販売会社の代表取締役という顔も持つ。だが、本業はペーパーレス化などで需要が減り、市場規模が年々縮小し厳しい状況にあるという。
「以前は飛び込みやテレアポ営業などをやっていましたが、今や市場は破綻(はたん)状態。価格競争も激化し、このまま続けていても無理だろうという思いはありました」
それにしても、OA機器販売からブックカフェ運営とはかなり大胆なシフトチェンジに見える。
「競争社会にも疲れてきましたし、もう少しゆるく生きるのもありなんじゃないかと。私は51歳なので、織田信長の時代なら『人間50年』でもう死んじゃってる。年収は下がっても、やりたいことやって、悔いのないように人生を“着陸”できればと思ったんです」
もともと本とコーヒーが好きで、かつては書店の店長経験もあるという鈴木さん。自分の同世代とその上の年齢層をターゲットに、趣味の本に囲まれてゆっくりとおいしいコーヒーを飲んでもらえる場所を作ろうと考えた。
「店内にOA機器販売のチラシも貼っているので、『実はこういうこともやっていて』と営業のきっかけになればというのもあるんですけどね」
オープン半年前に両国の「松崎珈琲」で自ら修行し、コーヒーの淹れ方を学んだが、餅は餅屋ということで、別のカフェで働いていたバリスタの渡邉篤史さん(29)をスカウトした。鈴木さんは“本業”があるため、普段、店を切り盛りしているのは渡邉さんだ。
店内は木を基調とした造りで、落ち着いた雰囲気。フロアの広さを生かして、あえて席の間隔にゆとりを持たせている。各席に電源を付けて無料Wi-Fiも用意し、有料でプリントサービスを行っているのは、仕事場として使ってもらえたらと考えたからだ。
「でも、店をオープンして驚いたのは女性のお客さまが多かったこと。カフェとして利用されるだけでなく、軍事関連の本も買ってくださるのにはびっくりしました」
もちろん、鈴木さんと趣味を同じくする人たちの来店も多い。SNSなどで店の存在を知り、北海道や九州といった遠方から足を運ぶ人も。年齢層も中学生から70歳代とかなり幅広い。鈴木さんと趣味の話で盛り上がることも少なくないという。
「お父さんと来られた中学生が『お年玉を持ってきました』と、戦争関連の本を3万円分も買ってくださり、半日くらいずっと本を読んでいた。子どもの頃の自分を見ているようでうれしかったですね。今は新型コロナウイルスの影響で遠方の方は来られませんが、『収束したら行きます』というご連絡もいただいています」
コロナ禍に直面したのは、店のオープンから半年足らずで、ようやく運営が軌道に乗った頃。鈴木さんは悩みながらも、換気や消毒などの対策を講じた上で、時間を短縮して営業を続けることにした。
「人を雇っていますし、店を閉めて収入ゼロというわけにはいきません。それに、多くの書店やカフェが休業する中、自分だったらそういう場所が営業していてほしいと思うだろう、という気持ちもあったので店を続けることにしました」
緊急事態宣言中は、リモートワークをする人が「家の近所に仕事できる場所があるなんて!」と来店してくれるようになった。また、少しでも売り上げの足しになればとオンラインショップも立ち上げた。そこで店内の商品購入や飲食代に使えるプレミアム付きの「お買い物券」を販売したところ、「応援します」と買ってくれる人が何人も現れたという。
「宣言の解除で店に来てくれるようになったのに、『あの券はとっておきますね』と現金で払ってくれる人や、遠方で一度も来店されたことがないのに『いつか行ける日のために』と買ってくれる人がいました。オープンして半年のお店なのに、本当にありがたい」
売上比率では、カフェよりもOA機器販売会社の方がまだまだ上だが、店でしか得られないものの多さを実感しているという。
「ブックカフェはビッグビジネスではありません。でも、ここがあることで同じ趣味の人との会話でお互いを高め合ったり、著者の方との交流が生まれたりしました。また、人と人が顔を見ながら商売をさせていただいた上で対価が発生するという商売の原点に立ち返ることができた。変な言い方ですが、人間に戻ってこられたというのかな」
悩みの種は、本業の都合で常に店にいるわけではないため、鈴木さんと趣味の話をしたくて来店したお客さんに対応できない時もあるということ。
「『鈴木さんいないの?』ってがっかりされたと聞くと本当に申し訳ない。でも、こちらから『予約をしてきてください』というのもおこがましいですし」
人生の“着陸”を視野に入れたところではじめた、小さな商い。鈴木さんが二足のわらじを脱ぐには、もう少し時間がかかるかもしれない。けれども、この空間にいつも居られる日まで、じっくり腰を据えてやっていくつもりだ。
■おすすめの3冊
『太陽系最後の日』(著/アーサー・C・クラーク、編集/中村融、訳/浅倉久志 他)
『2001年宇宙の旅』などを執筆した、21世紀を代表するイギリスのSF作家の短編集。「棺桶(おけ)に入れてほしい10冊を遺言書に記している私としては、おすすめを3冊に絞るのは非常に辛い! この短編集は、荒唐無稽(むけい)ではなく、科学に基づいて想像しうる最大の範囲で描かれたSF。『SFのおすすめはなんですか?』と聞かれたら短編で読みやすいこちらをおすすめしています。イギリスの作家さんらしく、ウィットとアイロニーがたっぷり入っているのも魅力です」
『幻の恐竜を見た』(著/ロイ・P・マッカル、訳/南山宏)
コンゴに生息しているといわれる恐竜の生き残りの正体を探った調査記録。「こちらはもう絶版になったのですが、大学教授が書いた手記です。実はコンゴにネッシーみたいな生き物がいるということで現地を旅するのですが、これが冒険小説のような面白さ! 現地の目撃談なども収集しているのですが、それにも興奮させられます。中学生の頃に読み、いまだに忘れられない一冊です」
『鷲は舞い降りた』(著/ジャック・ヒギンズ、訳/菊池光)
第2次世界大戦中、英国領内にある寒村を舞台に、イギリス・チャーチル首相の拉致という特殊任務を受けた、ナチス・ドイツ落下傘部隊の精鋭たちを描いた傑作冒険小説。「映画にもなりましたが、この小説は個人的にはあらゆるジャンルの中で1位で、肌身離さず持ち歩きたいくらいのもの。いわば私の原点。中学生の頃に読んで衝撃を受けて泣いた。世界中でベストセラーになったのも納得。男女を問わず、これをおすすめします。ぜひ読んでください!」
◇
Books & Cafe ドレッドノート
東京都江東区平野2-3-21
https://www.dread-nought.com/
オンラインショップ https://dreadnought7.thebase.in/
(写真・山本倫子)
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