「おふくろの味(ファミリーレシピ)を作ってください」。ニューヨーカーの自宅を訪ね、料理を囲み、家族の話を聞いてつづった、ドキュメンタリーな食連載です。前回に続き、イラストレーターのピーター・アークルさんと、ライターのエイミー・ゴールドワッサーさん夫婦のお話です。(文と写真:仁平綾)
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さあ、いい年齢の大人たちがクラッカーを無邪気に鳴らして、クリスマスディナーのはじまり、はじまり。パン!と音を立て、開いた筒の中に入っていたのは、知恵の輪や、手品用の小さなトランプ。たとえそれが子どもだましのおもちゃであっても、妙なわくわく感と高揚感があるクラッカー。来年から我が家のクリスマスに採用決定。おもちゃと一緒にもうひとつ、クラッカーの中には、紙製の王冠が入っていた。
「食事中、ずっとこれを被るのが英国のクリスマス。老若男女みんな被っているんだから」と、率先して被るピーターさん。ということで、みんなそろって王冠を装着。
この日ピーターさんが用意してくれた主菜は、定番のターキーではなく上等なフィレミニョン(柔らかく脂肪分が少ない牛肉の部位)のステーキ。
「焼き加減はレアでもいい?」というピーターさんに「もちろん!」と私。横からエイミーさんが「英国では、中が赤いステーキはありえないって知ってる? ウェルダンのさらにウェルダン。しっかり火を通すのが英国風」と、“ありえないよね”という表情で私に耳打ち。ちなみに野菜は歯ごたえがなくなるまで火を通すのが英国流で、「歯ぐきでも食べられるほど」と笑うピーターさん。一体なぜ……。異国の食文化は謎に満ちている。
それぞれの皿にステーキ、付け合わせの豆とブロッコリー(きちんと歯ごたえのある脱英国流)、かりっと香ばしく焼かれたポテト、そしてヨークシャー・プディングを盛ったら、上からたっぷりグレイビーソース(肉汁のソース)をかけて食べる。ぱふっとしたヨークシャー・プディングがソースを大いに吸って、うまみの塊に変身。何かに似ているなあ。そうだ!と思い出したのは、すき焼きのお麩(ふ)。赤ワインを飲みながら、あっという間に完食。
続いてテーブルに供されたのは、デザートのクリスマス・プディング。直径10㎝ほどの焦げ茶色の塊で、ドライフルーツとブランデーをたっぷり含んだ、しっとり、どっしりしたケーキ。「これは購入したものだけれど、各家庭で手作りするのが英国の伝統」とピーターさん。母ジャネットさんも、毎年10月から準備していたそう。中には年明けの1月から準備を始める人もいるというのだから、英国ではクリスマスに対する気迫が違う。
食べる直前にブランデーをまわしかけ、火を点(つ)けて、アルコールの炎が消えたら切り分ける。こんなに重量を感じるケーキは初めてかも。というぐらいのヘビー級。苺(いちご)を飾った、ふわふわの日本のクリスマスケーキなんて、とても太刀打ちできない感じ。
母の手料理で育ったピーターさん。思い出の味を再現しようと、ジャネットさんにレシピを尋ねても、「“これをちょっとだけ入れればいい”といった具合で、いつも正確な分量はわからず終い」と話す。ジャネットさんの料理は、長年の経験と勘が頼り。料理本を参考にすることも、レシピを書き残すこともナシ。母の味を受け継ぐことは、たやすいことではないのだ。
そんなピーターさんが、頼りにしている1冊の本がある。19歳の時、ロンドンのアートスクールで学ぶため実家を出る際に、母ジャネットさんが手渡してくれた料理本。イギリスの料理家、Delia Smith(デリア・スミス)による家庭料理のレシピ集だ。
その後、ニューヨークへと海を渡り、もう30年以上もピーターさんの手元に置かれている本は、家庭の味の指針として今なお現役。表紙は随分くたびれ、紙も黄色く変色したけれど、ピーターさんの手書きのメモがぎっしり挟まれた姿から、長く大事に扱われてきたことがわかる。親子の温かな絆。それを1冊の料理本から感じた、幸せなクリスマスだった。
ピーター・アークルさんのウェブサイト
ピーター・アークルさんのインスタグラム
★ピーターさんは、連載「猫が教える、人間のトリセツ」で、くすりと笑えるイラストアニメーションを担当しています。
おわり。(次回は2月中旬の公開予定です)。
■ヨークシャー・プディング(約12個分)
材料
小麦粉 170g
卵 2個
牛乳(または水) 180ml
塩、黒コショウ 適量
牛脂 適量
作り方
1 ボウルに小麦粉を入れ、卵を割り入れる。ハンドミキサーで混ぜながら、牛乳を加え混ぜる。
2 1に塩と、たっぷりの黒コショウを入れる。生地を冷蔵庫で30分ほど寝かせる。
3 オーブンを425F(約220度)に余熱する。ガスコンロの火をつけ、その上に型を乗せて温め、牛脂を小さじ1杯ずつ型に入れる。
4 3に生地を流し入れ、オーブンで20~30分ほど焼く。
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