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別世界にひとっ飛び 「夏休み」を取り戻す本<2> - 読売新聞

 この夏は遊びに出かける気分になれず、田舎に帰省するのにも気を使いそうなあなたへ。失われたバカンスを読書で取り戻しましょう! 現実の憂いを吹き飛ばしてくれるファンタスティックな本を、読書委員が総力を挙げてお薦めします。

 木内 昇 (作家)

 用もないのに旅に出るのだ。金がないから無心までして汽車に乗るのだ。百●先生、国鉄機関誌の編集者を伴い、西へ北へ無尽に漫遊する。8時間かけ大阪まで行くも、観光もせず翌日早々とんぼ返り。車中酒をみつつ長崎まで遠路を満喫、はたまた夜行で雪の横手へ。気ままで無鉄砲な道行きがとかく贅沢ぜいたくに映るのは、昨今の自在な移動がままならない事情ゆえか。

 ならばこの夏は、百●先生と一緒に阿房列車の旅に出てはいかが。戦後すぐの鉄道事情や各地の光景も詳しく描かれているから、時空旅行も兼ねられること請け合いなのである。

「●」は「門」の中に「月」


 瀧澤 弘和 (経済学者・中央大教授)

 人間はなぜ数学するのか。当初便利な道具として創られた数の世界は、謎の解明を迫る独立した「建築物」となった。

 人間の身体的延長として発展してきた数学は、20世紀に形式化という脱身体化の極致に行き着く。しかし、チューリングと岡潔という2人の数学者が辿たどった道を通して、それが究極的に人の「心」の探求につながっていくと著者は言う。身体をもった人間が数学するという出発点へと辿り着くのだ。

 素朴な驚きを隠さず、清冽せいれつな文体で書かれた論考は、読者をさわやかに数学の世界へと誘ってくれる。


 篠田 英朗 (国際政治学者・東京外国語大教授)

 多くの日本人にとって一番集中できない場所は、オフィスだという。日常生活で集中を阻害する最大の要因が、「同僚とスマホ」だからだ。

 夏の間に自分を取り戻そう。遠くに行かないとしても、ストレスに感じるのはやめよう。集中したいことに集中することができれば、ストレスから解放されて、自分が浸りたい世界に浸れるようになる。

 ビジネス書を、オフィスから離れたところで読んで役立てよう。自分が没頭したい世界に没頭し、集中力を高めた後に、またあらためて日常生活に集中していけばいい。


 山内 志朗 (倫理学者・慶応大教授)

 才能ある女性は、20世紀に至るまで、いや今でも男たちから自分らの特権的権利を奪う敵として、憎しみと恐怖と妬みの対象とされている。男らしさと女らしさという文明が備えてしまった暴虐な装置への絶望的な激高がヴァージニア・ウルフの心を貫く。人生は何のために、家庭は何のためにあるのかという問題とも連動してくる。家庭は子供を産み育てるためにあるという考えは大きなものを取り逃がしているのかもしれない。人生・自分という旅の意味を知るための激しく熱い本だ。男女を問わず、誰にでも、特に表現者を目指す人に読んでもらいたい。


 通崎 睦美 (木琴奏者)

 主人公は、インドネシアからの復員兵イシザワ・モミイチ。

 以前の職場である牧場に戻った彼は、軍隊で世話を担当した愛馬ツキスミの幻影と共に生きている。記憶喪失し、幻聴がある彼を穏やかな気持ちで見守る周囲の人の様子は、読んでいて心地よい。

 ある日モミイチは、山の中でジプシーのオーケストラと出会い心が解きほぐされていく。柔らかな彼の暮らしぶりはまさに別世界。1963年に出版された児童文学の名作。舞台、ドラマ、映画化も。挿絵も魅力的で、大人が読んでも味わい深い。

 是非図書館か古書店で。

 宮部 みゆき (作家)

 マイクル・クライトンが『アンドロメダ病原体』を世に出してから半世紀。遺族公認の完全続編として、昨年十一月、今思えばしくも新型コロナウイルスの存在が世界的に知れ渡る直前に、本書は刊行された。宇宙由来のはずのアンドロメダ病原体が、なぜかアマゾンの密林の奥で感知されるところから物語はスタートする。

 もちろんフィクションで、派手なエンタテイメント小説だ。でも半世紀も前から、SF界が地球規模の疫災についてどのような思考実験をしてきたのか、それを知るだけでもちょっぴり心強くなれそうな気がする。


 仲野 徹 (生命科学者・大阪大教授)

 今頃はインドネシアのロンボク島で山歩きをしているはずだった。ここ数年の夏休みはもっぱら僻地へきち旅行、それもほとんどがトレッキング付きである。

 せめて絶景を歩く気分だけでも味わいたい。この本、世界の名トレイル32コースが美しい写真と共に紹介されている。

 マチュピチュ、アイスランド、キリマンジャロなどは訪れたことがある。それらのページをお手並み拝見と読んでみたら、写真に劣らず解説も抜群にいい。

 日本代表の熊野古道なら、この夏、今からでも間に合いそうだ。そして、パタゴニアとカイラスは死ぬまでに絶対行くぞ!

 橋本 五郎 (本社特別編集委員)

 清朝第5代の雍正帝は君主であることを「天命」と自覚し、居室入り口に3字の額を掲げ、その両側に対句を書いた。

 為君難(君主たるは難いかな)

 原以一人治天下(天下が治まるかどうかはわれ一人の責任)

 不以天下奉一人(われ一人のために天下を苦労させることはしたくない)

 文武両道にすぐれた父康煕帝と版図を拡大した子乾隆帝の間に挟まれ、雍正帝の存在感は極めて薄い。しかし、宮崎さんは雍正帝こそが近世中国を代表する君主だという。新型コロナウイルスでリーダーのあり方が問われている今、雍正帝を思う。

 尾崎真理子 (早稲田大教授・本社調査研究本部客員研究員)

 今夏は辛口のエッセー集をお勧めしたい。『ゲド戦記』などで知られるル=グウィンは、2018年に88歳で逝去する間際まで、本著に編集された文章をブログで発信した。時に大恐慌、大戦期の記憶を呼び起こし、生活と道徳の水準が低落するアメリカの現状を憂え、<それでもまだ、私の国と呼べるだろうか?><どうすれば、怒りを加害以外のものの燃料に利用できる>と、自問自答していた。

 気骨ある老年の日々。愛猫の犠牲になったネズミの魂にささげた詩、朝食の半熟卵の食し方からも、彼女らしい生き方、楽しい流儀を教えられる。


 番外編 (よみうり堂店主)

 ページを繰るや否や別世界に吹っ飛ばされる。そんな本といえばボルヘスの短編集。その飛び方は半端ない。何しろ、17世紀の『ドン・キホーテ』の作者になりきり、20世紀にまったく同じ書物を書こうとした(架空の)作家を追憶するのだ。

 ものすごく精密に組み立てられた偽の歴史を記した、存在しない書物の注釈。文学的想像力の極致を行く物語が次々に現れる。幻想の世界に引き込まれ、気がつけば辺りの風景は一変、本の迷宮に閉じ込められた私がいる。まさに「ボルヘスは旅に値する」とは至言。つかの間のオカルト体験をぜひ。


 別世界にひとっ飛び 「夏休み」を取り戻す本<1>は、こちら

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