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別世界にひとっ飛び 「夏休み」を取り戻す本<1> - 読売新聞

 この夏は遊びに出かける気分になれず、田舎に帰省するのにも気を使いそうなあなたへ。失われたバカンスを読書で取り戻しましょう! 現実の憂いを吹き飛ばしてくれるファンタスティックな本を、読書委員が総力を挙げてお薦めします。

 飯間 浩明 (国語辞典編纂者)

 夏と言えば青春物語でしょう。「でーれー」は岡山方言で「どえらい」。漫画家の鮎子は、母校の女子高で講演するため、数十年ぶりに岡山を訪れます。そこで再会した昔の親友、いやほとんど恋の相手だった女性、武美。高校生の鮎子は、架空の男性と自分との恋愛妄想を漫画にして武美に見せていました。その男性に武美が恋したことが遠因で、軋轢あつれきが生まれます。突然の終章は、読者にいろいろな解釈を迫ります。岡山の街の描写は、県外者にも懐かしくいとおしい。名場面の舞台、旭川に架かる鶴見橋には、私も実際に聖地巡礼に行きました。


 鈴木 洋仁 (社会学者・東洋大研究助手)

 夏休み、田舎のおじいちゃんのところにいった少年は、ある音から川に引きよせられます。

 「しょきしょきしょき」

 タイトルと音の関係は、本を開いてからのお楽しみに。

 京極夏彦さんは、あらためてご紹介するまでもない、独自の妖怪小説を生み出した偉人ですし、町田尚子さんの描く、薄い膜の張られたような、ぼんやりとした世界から、底知れぬ恐怖をイヤというほど味わえます。同じく2人が組んだ『いるの いないの』(岩崎書店)からも涼しさを感じられるでしょう。

 この妖怪がいるなら、アレを食って欲しい、と願うばかり。

 加藤 聖文 (歴史学者・国文学研究資料館准教授)

 夏になるとなぜかこの本を思い出す。橋本忍は、黄金期の日本映画、なかでも黒澤映画を語るには欠かせない脚本家だ。

 その橋本が傷痍しょうい軍人療養所で伊丹万作に衝撃を受け、脚本家の第一歩を踏み出したのは、うだるような暑い夏のこと。

 戦後、橋本の名声は黒澤映画で高まった。黒澤組の制作現場は真夏のように暑苦しい。そして、夏の終わりのような寂しい幕切れ。そんな黒澤映画の盛衰を橋本はクールに描き切る。

 映画の善ししは、役者でも監督でもなく脚本で決まる。本書は、脚本家という存在の知られざるすごさを教えてくれる。


 村田 沙耶香 (作家)

 子供の頃、「子供」を、純粋で健全な存在だと信じ切っている大人が怖かった。『コドモノセカイ』は、そういう自分にとってとても特別な一冊だ。子供から見えている様々な世界を切り取ったようなアンソロジー。頭の中で考えていることを宇宙人が盗み聞きしていると気が付いた少年。ブタの貯金箱と友達になる男の子。「見えない敵」を追跡する少女。彼らの眼差まなざしを通した光景に、「あのころ」の夏休みの瞬間が重なり、よみがえる。

 この本を何度も読み返しているのは、子供時代の自分が体の中にいて、欲しているからだと思う。大切な、信頼できる本。


 南沢 奈央 (女優)

 夏になると「冒険」という言葉が浮かぶ。大人になっても、この響きにワクワクしちゃう。今年の夏休みは、読書で冒険しようじゃないか! と、私と同じように思っている人にオススメしたいのが、この児童文学。小学生たちが竜に挑む大冒険に、どれほど胸躍らされることか。

 竜とのなぞのかけ合いの勝負は見もの。<見えているのにけっしてとどかず、生まれてから死ぬまえの日まであるもの>。なんだ? 答えられないと老人になってしまう……。必死になって知恵を絞り、竜に勝ちたいと思っている自分がいる。さぁ、あなたも二分間の大冒険へ!


 苅部 直 (政治学者・東京大教授)

 日常から離れて飛んでゆくのにふさわしい場所。それは遠い異国や空想の世界ばかりとは限らない。ふだん暮らしている町の歴史をさかのぼり、過去と現在を二重写しにしてみるのも、また一つの別世界旅行だろう。

 東京湾の近代化とともに忽然こつぜんと現れた町、月島。そこの長屋に住んだ著者が、近所の住民との交流や文学作品を通じて、空間にみこんだ時代の記憶をたどる名著。一九九〇年代初頭には残っていた下町のコミュニティーに関する、貴重な記録にもなっている。紙の本で手にしたいむきは、再録本の『月島物語ふたたび』(工作舎)でどうぞ。


 佐藤 信 (古代史学者・東京大名誉教授)

 ふるてらのみだうのやみにこもりゐてもだせるこころひとなとひそね……美術史家・書家・歌人であった会津八一が、こよなく愛した奈良の古寺・美術への憧憬しょうけいを詠み込んだ和歌集。晩年に自らちゅうを付した版である。

 万葉調をめざしひらかな表記された和歌は、古美術と学術への純粋な思いを、奈良の歴史景観のもと昇華させて、心打つ。

 奈良の古寺がもつ歴史文化に、郷愁を覚える人も多い。本書はその古代世界へといざない、安らぎの時を提供してくれる。

 かつて戦地に赴く若者が愛読した万葉集や和辻哲郎『古寺巡礼』のように、若者に勧めたい。


 稲野 和利 (ふるさと財団理事長)

 山際淳司没後25年がつが、いつ読んでも色せないスポーツ・ノンフィクションの傑作。生の競技観戦もままならない中だが、本書を読めばスポーツの真髄に触れることができよう。

 表題作は、群馬県の進学校高崎高校が春の選抜大会出場を果たす過程を主戦投手の視線から描く。箕島―星稜の延長18回の熱戦、ボクシング、棒高跳びなど多彩な8編。不朽の名作『江夏の21球』も収録。

 著者の手によって自在に伸縮する時間の中、スポーツの一瞬が鮮やかに切り取られ、残像が焼き付く。そこには映像も決して及ばない別世界がある。


 三中 信宏 (進化生物学者)

 第二次世界大戦後に駐留米軍軍属として来日して以来ずっと永住する著者は、旧国鉄に所属して全国をめぐった。著者が撮りためた1950~60年代の古いカラー写真の数々は、かつての日本の街角・鉄道・人々のありのままの姿を鮮やかによみがえらせる。フルカラー450ページのこの写真集をめくれば、時間と空間を軽やかに跳びこえ、過去への追憶旅を満喫できるだろう。半世紀前の日本はこんなにもゆったり広かったのか。読み終わってしまったら、昨年暮れに出たさらに分厚い500ページ超の『続・秘蔵カラー写真で味わう60年前の東京・日本』をどうぞ。


 橋本 倫史 (ノンフィクションライター)

 「どこかかげがあるんだ」。引退した天才騎手・田原成貴を評した一文から、初めて競馬をた1995年の記憶がよみがえった。その年の年度代表馬に騎乗したのが田原成貴だった。

 そこに確かにあったはずの「翳」を、わたしたちはすぐに忘れてしまう。しかし、著者はその「翳」を静かに見つめ、記憶し、言葉につづる。

 95年は地下鉄サリン事件の年でもある。当時ワイドショーの司会を務めていた著者は、スタジオの風景をありありと回想する。その言葉に触れるうち、過ぎ去ってしまった時間のこと、気づけば夢想している。


 栩木 伸明 (アイルランド文学者・早稲田大教授)

 別世界はぼくたちの日常のすぐ隣りにある。この本の舞台は鎌倉に実在する里山。小さな沼に住む小河童かっぱの八寸がある夏、長老のすすめで人間界へ修行に出かけるファンタジーだ。

 猫に化けた八寸はちょっとしくじった末に、少女麻と犬のチェスタトンが暮らす家に転がり込む。胸の奥に痛みを秘めた三人(とあえて言います!)はともに暮らすなかで他者に目覚め、頼もしく成長していく。

 読者は三人とともに「聞こえない音楽」に耳を澄まし、「薔薇ばらの名前」について考えながら、真実とは何かを知る。心が疲れた大人にも薦めたい一冊。

 別世界にひとっ飛び 「夏休み」を取り戻す本<2>は、こちら

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August 17, 2020 at 10:05AM
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