「古くてあたらしい仕事」とは、本を作って売る仕事のことだ。著者は十年前、33歳で出版社「夏葉社」を立ち上げ、現在もひとりで会社を切り盛りしている。その経緯と職業観が綴られた自伝的エッセイなのだが、たじろいでしまうほどに無防備で真っすぐな言葉がどのページにも並んでいる。
〈具体的なだれかを思って〉〈怠けず、誠実に〉〈何度も読み返される、定番といわれるような本を、一冊々々妥協せずにつくる〉〈できるだけ出費を惜しまない〉〈それしかできない〉――柔らかい語調の中の毅然とした純粋さに、静かに圧倒されながらの読書だった。
27歳までアルバイト生活を送り、いくつかの仕事を経て転職活動をするも50社連続で不採用。起業のきっかけは、会社を作る以外に選択肢がなかったことと、仲の良かった従兄が事故死し、悲しみに沈む叔父叔母を、英国の神学者の詩の本を作って励ましたかったことだという。
消極と積極が合わさった動機の底には、本、そして読書という行為に対する慈しみがある。著者はそれを「生活の重心」と表現する。誰かの重心になり得る、なってほしい本を一年に数冊丁寧に作り、初版二千五百部をゆっくりと売っていく。書店と読者と本の価値を信じ、勇気と忍耐を持って結果が出るのを待つ。
行きたい道を愚直なまでに、確信を持って進む。その姿に羨望を覚えてしまう。しかし、コンビニの窓ガラスに貼られている求人情報を毎日のように見ているとも著者は明かす。いつでもアルバイトをする心の準備はできている、と。心に嘘をつかない仕事をし続けるには、不安を飼い慣らす不断の努力が必要なのだ。
夏葉社から出ているのかと思いきや、版元は新潮社。新潮社の編集者に執筆を提案されたのだそうだ。いいなあ、と思う。同業者への敬意、共鳴、応援の気持ちが、この一冊の背後にある。
[レビュアー]北村浩子(フリーアナウンサー・ライター)
新潮社 週刊新潮 2020年1月23日号 掲載
新潮社
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