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江戸庶民はライフハック、ランキング好き?「味わい深い食の本」をロバート キャンベルさんに教わった【読書で楽しむ食の話】 - メシ通

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ネット検索しても出てこない「味のある食の表現」が読みたい──。

今回はアメリカ合衆国出身の日本文学者、ロバート キャンベルさん。オススメ本の話をうかがいに、東京都立川市にある「国文学研究資料館」を訪問しました。

話す人:ロバート キャンベルさん

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日本文学研究者。国文学研究資料館長。近世・近代日本文学が専門で、とくに19世紀(江戸後期~明治前半)の漢文学と、漢文学と関連の深い文芸ジャンル、芸術、メディア、思想などに関心を寄せている。テレビでMCやニュース・コメンテーター等を務める一方、新聞雑誌連載、書評、ラジオ番組企画・出演など、さまざまなメディアで活躍中。ニューヨーク市生まれ。

「料理の音」で関係性や心模様を描く

江戸中期から明治にかけての文学を研究されているキャンベルさんが、食に関する本で「ぜひ読んでほしい」と選んだのは『台所のおと』。

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▲「台所のおと」を含む短編集。表題作の初出は昭和37年『新潮』(撮影/編集部)

作家・幸田文の短編で、『台所のおと』(講談社文庫)に収録されている。

この短編は、店と住まいがつながった小さな料理屋を営む夫婦の話。病床に伏す料理人の夫のかわりに、妻が台所に立つ。聴こえてくる微細な音のちがいから、夫は調理の様子だけでなく、妻の心中も察する。会話の外のやりとりがあとをひく味わい深い小説だ。

佐吉は寝勝手をかえて、仰向きを横向きにしたが、首だけを少しよじって、下側になるほうの耳を枕からよけるようにした。台所のもの音をきいていたいのだった。台所で、いま何が、どういう順序で支度されているか、佐吉はその音を追っていたい。台所と佐吉の病床とは障子一枚なのだから、きき耳たてるほどにしなくても、音はみな通ってくる。

(中略)

しゃあっ、と水の音がしだした。いつも水はいきなり出る。水栓をひねる音はきこえないのである。しかし佐吉は、水が出だすと同時に、水栓から引き込められるあきの手つきを思いうかべることができる。

(中略)

水栓はみんな開けていず、半開だろうとおもう。そういう水音だ。受けているのはいつも洗っている洗桶。最初に水をはじいた音が、ステンレスの洗桶以外のものではなかった。水はまだ出しつつげになっている。

(後略)

〜「台所のおと」より〜

妻の「あき」が食材を洗う音だけで夫の「佐吉」は、菜がみつばや京菜でなく、ほうれん草であることや分量が二把だと察しをつける。静謐な場面だけに佐吉同様に、読む方も耳をそばだてる。そんな始まりの部分からの引用である。

キャンベルさん(以下敬称略):夫婦がいろいろな過去を背負いながら一緒になって、小さな割烹料理屋を営んでいる。若い女性を従業員としてひとり雇ってはいるけれど、あくまで夫婦ふたりの話です。

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──物語の舞台は夫婦が営む料理店ですよね。

キャンベル:私が想像するに5、6人も入れば一杯になる、こじんまりとした店なんじゃないでしょうか。ご主人が板前さんで、いまでいうオーナーシェフにあたる。その彼は病気で床に伏せている。

──居住空間と、仕事場である店舗が一緒になっているのが見て取れます。

キャンベル:東京の中央線沿線には、そういうふうな住居と店舗がつながっているところが多いんですね。小さな店舗で成功したら、都心の青山や銀座などに出ていこうとする。ぼくの友人にもそういう人たちがいて、彼らのパワーを面白いと思って見ています。この小説に出てくる夫婦は、店と住まいが襖一枚で仕切られたところで暮らし、病気になった夫は床に伏しながら妻が夫の代わりに厨房で下ごしらえをする音を聞いている。

──そこで物語の核となるのは、やはり夫婦同士のやりとり。

キャンベル:面白いのは、ふたりは言葉を交わすのではなく、ほうれん草を洗う音や、水道の水をバシッとしたり、チョロチョロとつかったりする、その加減からいま何をしているのがわかる。まな板の上で切ったりする音もそう。作者はそうした音、オノマトペで表現する名人です。

──オノマトペの名人、たしかにそうですね。

キャンベル:物語は重い病気を抱えた夫と妻の話なので、かなしいものではある。書かれてはいないけれども、音を聞いて感じとる様子から夫は、自分の病状について理解しているらしい。つまり、妻が支度をするときの控えめに抑えた音から彼女が抱く心配、不安を察している。包丁の音ひとつから反射板のように、襖一枚を隔てながら受けとめていく。

──静かなだけにある意味、緊張しながら読みました。

キャンベル:夫婦のそのコミュニケーションがとても美しい。しかも表現そのものは決してウェットなものではない。交わす言葉は少ないにもかかわらず、彼女の包丁さばき、道具を通して夫婦の会話になっている。これは「和食」ならではのもので、作者の幸田文さんのすごいところです。

物語がある種の「セラピー」に

──幸田文さんの作品を読むのはわたし、じつは今回初めてで、女性の間で評価の高い作家だというイメージからなんとなく手にしてこなかったんですが、『台所のおと』を読んで、もっと早く読んでおけばよかったと思いました。夫婦の日常が音を通して伝わってくる。これまで読んだことのない小説でした。

キャンベル:そういう男性は多いかもしれませんね。

──表題作もそうですが、ほかの短編も表現のやりとりが細やかなもので、食が重要なエピソードとつながっています。

キャンベル:今回『台所のおと』を選んだのはひとつ理由があります。2011年に起きた東日本大震災の直後、宮城県の鳴子温泉が2次避難所になっていたんですね。大きな避難所にいられない1300人くらいの人たちを、内陸の温泉郷が仮設住宅ができるまで受け入れたんです。中には、小さい子供や高齢者もたくさんいました。その鳴子温泉に友人がいたので連絡をとって、避難されている人たちに読んでもらおうと読み切りの短編小説をいくつか選んで送ったんです。その中の1冊がこの本でした。

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──そうしたケースで献本されるというのは、受け取る側はむろん、送る側にとっても貴重で忘れられない経験になりますよね。

キャンベル:その後、避難者を対象にブッククラブを立ち上げて、定期的に読書会を開きました。初回はみなさん口が重かったのですが、回を経るごとにいろんな感想が飛び出したんです。この物語を通して、なかなかはき出せなかった思いや、日常の記憶なんかがどんどん出てきて。

──ある種、物語がセラピー的な役割を果たした、と。

キャンベル:それまで私は大学で文学を教えていたんですが、避難所のような場所で人と共有しながら読むことで、改めて感じたことがあります。それは、文学には心を癒やし、丈夫にする力があるということ。避難して来られていたのは一生忘れない悲劇を経験されていた方も少なくありません。男性の参加者では「読んだことのない類いの話」「小説で味わったことのない感情を持った」という方が多かったですね。さきほど朝山さん(筆者)も言われたように、女性向けの作品といった印象をお持ちだったかもしれません。

──『台所のおと』が面白いのは、料理をするときの音はしても、どういう料理をつくるのかの説明はない。夫の目には見えていないからなんだけれども、だから読者も想像をたくましくするところです。

キャンベル:避難してきた人たちもみなさんそういうふうに自分の体験を思い出していたんでしょうね。作者には『きもの』という小説があって、そこでは着物の模様とかをものすごく詳しく書いている。だから、あえてこの中では視覚的なものは書かずに、余白をこしらえている。

──予備知識なく読み始めたときに、小さい頃に病気になったら台所で母親がリンゴをすってジュースをつくったり、おかゆをこしらえてくれたりしたのを思い出しました。身体が弱っているときだけに、台所の音や気配に敏感になるんですよね。

キャンベル:『台所のおと』は、夫婦ふたりの物語であることにとどまらず、日本人が食事に対して抱いている原風景、生の根源にかかわるコミュニケーションの深いところを感じることができます。和食が世界無形文化遺産にされたのも、たとえば「八寸」の中に時の移ろいを見せていくとか、そうした外形的な素晴らしさにあるのかもしれませんが、素材を下ごしらえする音から夫婦の間の、とても言葉では伝えきれないことを伝えようとする。これは日本以外の設定では考えられないことだと思います。

──なるほど。

キャンベル:ですから、これ自体が日本の優れた文化論としても読める。というふうに話すと、理屈っぽく聴こえるので、これ以上はやめましよう(笑)。でも、食べることに興味がある人にはぜひ読んでもらいたいですね。

台所のおと (講談社文庫)

江戸時代のレシピブック『豆腐百珍』

次に紹介いただいたのは、江戸時代に書かれた料理本『豆腐百珍』。江戸の料理本とは、いわばレシピブックのはしりのようなものだ。

現在は現代語訳版の文庫本が出版されており誰でも手に入ることができるが、キャンベルさんが館長を務める国文学研究資料館には実物が蔵書されているとのことで、貴重な1冊を拝見することに。

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▲これが原本

キャンベル:これは豆腐をつかった料理のレシピ本なんですが、まず「百珍」というふうにわざわざ数えあげていくのがすごく日本人らしい。『百人一首』もそうですし「世界三大テノール」など同じ類のものを並べて鑑賞するのが日本人は好きなんですね。

──確かに、日本百名山とかモノマネ四天王とか、挙げればキリがありません。

キャンベル:『枕草子』もそうですが、めでたいこと、趣深いこと、美しいこと、似たものを並列してくくってみせたり、番付を付けたりしますよね。当時は歌舞伎役者や遊郭の評判記(ランキング本)だけでなく、野菜を擬人化して評したものまで刊行されていた。これらの書物を見ると日本人が世界をどのように捉えようとしていたのかがわかるので面白いんですよね。

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──中身はまさに豆腐のレシピがびっしり書かれています。「こんなにバリエーションあるのか!」と驚いてしまいました。

キャンベル:『豆腐百珍』は、木の芽田楽などの「尋常品」から、炙りどうふなどのおもてなしに用いる「通品」、見た目のきれいな「佳品」、蜆(しじみ)もどきなどの「奇品」、さらに百番目の「真のうどんとうふ」の「絶品」まで、思わず感心しながらも「でも、豆腐でしょう」というツッコミどころもあって面白いんですよね。

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▲中を開くと、豆腐や田楽のさまざまなレシピが事細かに記されている

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▲この見開きでは、当時の新製品「田楽炉」と豆腐を串に刺して焼く料理法を説明

──尋常品、通品、佳品、奇品、妙品、絶品……。レシピの難易度とか素材の高級度で分けられていると。

キャンベル:「霰(あられ)とうふ」「むすびとうふ」など、それぞれのネーミングも気が利いていますね。

──美味しく風流に食べようという気概がひしひしと伝わってきます。

イラスト入りで飽きさせない作りに

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キャンベル:当時はこの『豆腐百珍』だけでなく、『鯛百珍』『蒟蒻百珍』『玉子百珍』といった「百珍」ものが売れていました。ひとつの材料でもって百種類ものレシピを本にするのはほかの国では見当たらない。大まじめな実用本を装いつつも、しっかり遊び心もかねそなえている。

──レシピといいつつ、ある種のエンターテインメント的な要素も感じます。

キャンベル:ところどころにきれいな口絵まで載っているんですよ。たとえば、すごく繁盛している豆腐田楽のお店の様子だったり、風景画が入っていたり(いずれも写真下)。

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──ところで、これらの本はごく一部のお金持ちしか読めなかったのか、あるいは江戸の庶民も手にしていたのか……。

キャンベル:版が小さく、墨一色刷り(モノクロ)なので、高価なものではなかったのでひろく読まれていたと思いますね。

豆腐百珍 (とんぼの本)

飢饉を生き抜くためのサバイバルマニュアル

キャンベル:せっかくなので、この機会にもう数冊お見せしましょう。これは「救荒(きゅうこう)書」といい、1830年代の天保の飢饉のときに出回ったサバイバルマニュアルのような本です。

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──表紙に書かれた『日毎之心得』が、まさにそんな意味合いですよね。

キャンベル:大飢饉でお米が高騰し、庶民は買うことができない。ならばどう食いつないでいくべきか。どくだみは知られていたけれど、ほかにどういう野草なら食べていいのか。黒ゴマは育てやすいだとか、どうやったら腹が減らないでいられるのかといった「心得」が記されています。

──現代の日本では想像もつかないほど切実だったんでしょうね。

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▲江戸ではたくさん歩き回って腹を減らす江戸商人にのために、おでんや蕎麦、鮨などのファストフードが発達したが、この「救荒書」では飢饉で街中からなくなったことが描かれている

──サバイバルマニュアル的な面もさることながら、ルポルタージュの要素もあって、面白そうですね。

キャンベル:そうですね。こちらの本は、畑銀鶏という人が書いた『銀鶏笊(ぎんけいざる)』。この人、もともとはお医者さんなんですが、炊き上げたご飯を腐らせないように、ざるに入れて換気をよくする道具を開発していて、その指南書です(写真下)。いわばフードロス対策のマニュアルといったところでしょうか。

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▲確かにざるについて、事細かな説明が記されている

江戸の庶民もライフハックが知りたかった

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キャンベル:『家内の花』という飢饉のときに出版された料理本には、家族で餅つきをしている絵が描かれているのですが(写真下)、彼らの最大の関心事は「切り餅をどうやって保存するか」。江戸の町人たちはプライドがあるので、たとえ飢饉ではあっても来客があればもてなしをするんですね。そのときに出す「急ごしらえの一品料理」のレシピが載っています。

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──飢饉のまっただ中なのに料理本が出版されるなんて、いまなら不謹慎だとバッシングされるかしれませんよね。

キャンベル:そうですね。ただ、砂糖漬けやお酒漬け、あるいは醤油で軽く煮て干してチップスにするとか、切れ端の野菜もぜんぶ使い切れるような知恵が並んでいます。しかも、歌舞伎役者や落語家、浄瑠璃や狂言の作家たちは、こういうふうに食材を工夫して保存したり食べたりしているという紹介までついている。

──現代でも活用できそうな、すばらしい生活術ですね。貴重な資料を見せていただき、ありがとうございました。

 

江戸時代の本というと、遠い昔のことで自分とは無関係と考えがちだが、キャンベルさんの説明を聞くと、江戸の暮らしが身近におもえてきた。それもこれも、やはり「食」にまつわるものだからこそなのかもしれない。いつの世も「食べること」は生命の根源であるとともに、飽きないエンターテインメントなのだ。

撮影/石川真魚

書いた人:朝山実(あさやま・じつ)

朝山実

1956年、兵庫県生まれ。インタビューライター。地質調査員、書店員などを経て現職。人ものルポと本関係をフィルードに執筆。著書に『イッセー尾形の人生コーチング』(日経BP社)、 『アフター・ザ・レッド 連合赤軍兵士たちの40年』(角川書店)、『父の戒名をつけてみました』(中央公論新社)など。「弔い」周辺のインディーズを取材中。帰阪すると墓参りは欠かしても「きつねうどん」と「たこ焼き」を食べにいく。

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